随 考(ずいこう)://浅佳 静(あさか せい)

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help リーダーに追加 RSS 「スペース感覚」のすすめ(続きー4)

<<   作成日時 : 2008/02/18 12:19   >>

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三.屋敷観と地価
 ロンドンでもニューヨークでもワシントンでも世界の大都市の都心部は道路や公園は圧倒的な広さを誇っているものの、そこはビル群が占拠し人工的な空間となっていて東京や大阪と大差はない。しかしひとたび住宅地に足を踏み込めば彼我のあまりの違いに戸惑いすら覚える。特に欧米では住宅街は少し高い所から見下ろせば緑に覆われ一戸一戸の家は緑に隠れてそれを識別することはできない。
 一九七五年米国ワシントンで内務省に数カ月間座っていたことがあった。その折隣に座っていた米国人の役人が子供が出来アパート住まいを出て一戸建ての住宅を求めようとしていた。同年代のアメリカ役人がどんな家を買うのか大変興味があったので根掘り葉掘り聞いてみた。先ず敷地の広さを聞くと彼から次のような答が返ってきた。「伝統的に普通のアメリカ人は一エーカーが屋敷の広さだと思っている。しかし最近ワシントンでは土地が逼迫し我々のような安月給の役人の身ではとても一エーカーは確保できない。民間ディベロッパーが宅造して売りだしているのも大体一/二エーカーなのでその中から見繕って買おうと思っている」。あちこち見て回り検討した結果彼が決めたのは自動車での通勤時間四〇分のワシントンDCの北に隣接するメリーランド州内の物件であった。土地の広さ一/二エーカー、一七〇平方メートルの新築の家を含め九万ドルの買物だった。ちなみに彼の年収は二万七千ドルであった。年収三倍の住宅価格が購入に際してのアメリカ人の常識の中ではちょっと無理したようであり、金利の安い借金の方法を懸命に捜していたのが印象に残っている。
 さて首都ワシントンで普通の役人が買ったこの住宅を日本的に直してみるとどう言うことになるのだろうか。一エーカーは四〇〇〇平方メートル(一二〇〇坪)だから彼の求めた敷地の広さは二〇〇〇平方メートル(六〇〇坪)、家は建坪一七〇平方メートル(約五〇坪)で総計二七〇〇万円(当時は一ドル三〇〇円)ということになる。その頃東京では平均的なサラリーマンの年収は一万ドル即ち三〇〇万円はなかった筈で、我々が一戸建て住宅を同じ様な通勤時間帯で求めようとすると値段は同じ様なものだった。しかし両者の間には大きな違いがあった。東京の場合敷地の広さはワシントンの場合の一/一〇の六〇坪であった。ワシントンの役人は六〇〇坪で狭いと言い、東京のサラリーマンは六〇坪にアメリカ人と同じ金を出す。私はこの事実に驚いてしまった。
このように土地に対する感覚が地価に端的に表れる。一九八五年当時日本国土の値段は約七〇〇兆円と言われていた。一方日本の二五倍の国土面積を有するアメリカの値段は約三〇〇兆円であった。バブルが始まる前でも国土の値段が日本はアメリカの二倍以上だったのだ。その後アメリカも地価が上がったと言われているが為替レートが変動したりして一九九六年には四三五兆円だった。その間わが国の地価は金余り現象の中で暴騰しバブルの最盛期には二五〇〇兆円にまで跳ね上がった。全く異常というほかないが、そのような状態が続くわけはなくやがてバブルははじけ一九九六年には一七四〇兆円になっている。それでも全体で日本の値段はアメリカの四倍であった。単価で比較すれば一平方メーター当たり日本は四六〇〇円、アメリカの四六円の実に一〇〇倍にもなっているのだ。いくら日本は狭いと言っても、今手元に一八〇〇兆円持っていて有り金をはたいて日本を買うか一四〇〇兆円もお釣りがくる二五倍の面積と豊かな資源を持つアメリカを買うか、皆さんならどうするのか。世界の普通の人間ならアメリカを買うのが常識であろう。何のことはないこんな馬鹿な買物をしているのは我々日本人に外ならないのだ。もっと悪いことには買うべき土地が国内に無くなれば同じ感覚で平気で外国の土地を買い漁った。しかもこの高い買い物に銀行がどんどん金を貸したのだ。それがバブルを生んでしまった。
ところでなぜ日本やアメリカの国土の値段が一九九六年のデータなのか、ちょっと古いのではないかと思うかもしれない。どういうわけか政府の「土地白書」では国全体の価格を表示することを一九九六年を最後に止めてしまい、それ以降は今日まで地価変動率しか出していない。もちろん計算すれば地価を出すことはできる。しかしどうして地価そのものを出すことを止めたのだろうか。各国比較もやめた。わが国の地価は一九九六年以降も下落していて「土地白書」はそのことをストレートに出すことがいやなのだろうか。大きな借金を抱えた国はインフレを歓迎するであろうが、地価が下がってはむしろデフレを招き借金はより重く圧し掛かる。だからといって地価の下落を止めればいいというものでもない。あるいは我々自身が事実から目を逸らしたいという潜在意識があるのだろうか。
 また次のようなデータもある。主な国で一番高い土地を比較してみても一九八五年当時三.三平方メートル(一坪)当たり東京が五、〇〇〇万円、ソウルが一、二〇〇万円、ロスアンジェルスが八〇〇万円、ロンドンが六〇〇万円と言った状況だった。間にバブルを挟んでいるが二〇〇七年の公示地価では東京では最高価格は三.三平方メートル当たり一億円を超えている。どう見ても日本の地価は世界的にみて異常なのだ。日本の土地政策の失敗の轍は踏まないと言っているお隣韓国の地価がアメリカやイギリスに比べても異常に高いのが気になるところではある。東アジアの「スペース感覚」がやはり尋常ではないと言わざるを得ないのだろうか。本来共産主義の中国では土地の個人所有はない筈だが北京オリンピックを控えマンションの価格が建築費を大きく上回る価格で取引されているという。これは何を意味するのだろうか。(つづく)

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